2013年8月8日木曜日

意思を伝えるということ

@sohichiroです。

気まぐれな頻度でのブログ更新お許しくださいませ。
ブログの更新頻度で評価されるのはあまり好きではないので。

本題に入ります。

生きていく上で、人に自分の意思を伝えることがあります。
それは、コンビニで飯を買うときであったりとか、商談中であったりとか、愛の告白中であったり。
人は誰かに何かを伝えないと生きていくことができない生き物です。
ですけど、自分の意思を伝えるという行為について考えたことってあります?

と自分自身で思ってしまったので、ちょっと考えて見ることにしました。

人は常に何か考えています。
それ故に、瞑想とかすると良いとか言われているんでしょうか、今回の話からはそれてしまうので、とりあえず置いておきます。

何かを考えるトリガーは、自分が見たり感じたことなど、いろいろあると思いますが、自分が誰かと話している時は、自分の意思を示すことで、会話が進んでいくはずなので(例外は、説教(自分の意思を示すことを封じられたケース)と意思を示すことを放棄したケース)自分の意思を示す必要が有るはずです。

そのときに、どうすれば自分の意思をわかってもらえるか?

難しいです。

ただ、最近思うのは

相手と共通理解を築いておけば、自分の意思はわかってもらいやすい

ということを感じています。

自分が今話している意見は、こういう論理に立脚した上で、こういうスタンスの意思を示しているといった具合です。

ブログの話をしているときに、仕事の話をしても理解してもらえません。
ブログの話をしているときには、アクセスをどうやったら増やしてもらえるか?とか面白い記事ネタの集め方は?と言った話題のほうが、理解してもらいやすい。

なので、意思を伝えるには、状況を説明して、状況を複雑にしたあと、聞き手が疑問に思っていることに対して答えると、その後に、聞き手が、さらに疑問を返してくるはずなので、さらに、状況を説明して、状況を複雑にしたあと、聞き手が疑問に思っていることについての回答をしていけば、おのずと、相互理解は深まっていくのでは?
と思った次第です。

ではでは。

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